Archive for June 13th, 2011

Booじぃに捧げる歌

2011年6月3日 母方の祖父が永眠いたしました。

いつもと同じように始まるかと思えた朝、ケータイに母からの着信がたくさん
残っているのを見て急いで電話したところ、悲しい知らせを聞くこととなりました。

悲しくてもお腹をすかせた息子にご飯を作らなくては、と
おじいちゃんの好きだった「花」を歌いながらホットケーキを焼いていると
涙があふれてきました。そんな私を不思議そうにながめるHal
無邪気な笑顔に助けられました。


その日のうちに急いで大阪へ飛び、お通夜には間に合わなかったものの、
お葬式には家族三人で出席することができました。



4月に会いに行った時、これが生きている祖父と会える最期の機会だと
多分お互いにわかっていました。
でももしかしたらもう一度会えるかもしれないと淡い希望を抱いていたのですが、
やはりあの時が最後となってしまいました。


私は祖父にとってたった一人の孫。
生まれてからずっと、本当にかわいがってもらいました。
大学時代にも二度もはるばるアメリカまで来てくれました。
JFKまで車で迎えに行って、下手な運転でBinghamtonまで
一緒にドライブしました。



私にとってはずっと”Booじいちゃん”だった祖父ですが、
お葬式にたくさんの方が来て下さったのを見て、
仕事や趣味を通じてたくさんの方たちと関わってきた、
93年間の人生に改めて思いをはせることができました。


お葬式の会場では、母が祖父の好きだった歌をiPodにまとめて
流していたのですが、一番最後Halのために歌ってくれた
「Happy Birthday」も入っていました。


すごく悲しいことではありますが、
『エンディングノート』に祖父本人が書いていた希望の場所で
最期を迎えることができたと知って、少し救われる思いです。
この世で、自分が望むとおりに人生を終えることができる人は
一体どのくらいいるのでしょうか。
それを考えると祖父は最後にお世話になった方達やお友達の側に
いることができて幸せだったのかもしれません。
今頃祖母との久しぶりの再会を果たし、積もる話に花を咲かせていることでしょう。




遺影の写真は、大好きだったドライマティーニのグラスを持って
笑っている写真です。
私たちの結婚式で撮った写真。


結婚式でおじいちゃんに歌を歌ってもらったとき、
「これが最後の晴れ舞台だね」と冗談まじりで言っていたのですが、
まだまだ元気そうで100歳まで生きると思っていたのに。
そしてNHKの番組に出ることを目標としていたのに。




たくさんの思い出をありがとう。
おじいちゃんが結婚式の時に言ってくれたように、
“世界中に幸せの種をまけ”るよう、家族で力をあわせてがんばります。


おじいちゃんが作った陶器もずっと使っていきます。





結婚式で歌ってくれた『新妻に捧げる歌』より。


  幸せを もとめて
  二人の心は
  よりそい むすぴあう
  愛のともしび
  悲しみを なぐさめ
  喜びを わかちあい
  ふたりで歌う 愛の歌
  ラララ ラ ラララ ラ・・・・


  幸せを 夢みて
  二人の心は
  手をとり ふれあって
  愛のゆりかご
  悲しみは ひそやかに
  喜びは おおらかに
  二人で歌う 愛の歌
  ラララ ラ ラララ ラ・・・ 





今週末に上海へ帰ります。

By Kyoko